春夏あわせて25回の甲子園出場を誇る三重高校

 

大会7日目に登場する三重県の三重高校。県内では春13回、夏12回という出場最多を誇る古豪である。そして春の選抜では三重県勢唯一の優勝校でもある。

1969年第41回大会。この時のチームはエース・上西博昭(中京大からのちにプロゴルファー)と中田和男(中京大)のバッテリーで前年夏にも甲子園に出場しており、試合経験が豊かであった。初戦は開会式直後の第1試合。古豪・向陽(和歌山)が相手。効率的な攻めに徹した三重は7安打で3点をあげ、上西も向陽打線を6安打1失点に抑えて完投。3‐1で勝利する。

続く2回戦は古豪の平安(現・竜谷大平安=京都)との対戦となったが、三重打線は12安打を放ち6得点。上西は相手打線に9安打を許す苦しい展開となったが、二番手で登場した伊藤隆司(中京大)が好リリーフを見せ、6‐2で振り切った。

その伊藤が準々決勝の尼崎西(兵庫)戦でも大活躍。勝負どころでホームランを放ち、4‐3の辛勝ながらベスト4進出を果たしたのであった。この試合、三重の安打は7本。そのうち上西も三塁打を含む2安打を放ち、投打の中心選手であることを示した。投げては被安打6本と安定した投球ぶりであった。

準決勝は優勝候補の一角・浪商(現・大体大波商=大阪)と激突。三重は2回表に2四死球などで満塁のチャンスをつかむとスクイズで先制。6回表には連続長打で1点を追加した。守っては上西が浪商の強力打線をわずか3安打に抑えて完封し、2‐0で勝利を収めた。上西は丁寧な投球が身上で、準々決勝、準決勝と勝ち上がるにつれて尻上がりに球速が伸び、低めへのコントロールも絶妙となっていったのである。

近畿勢を相次いでなぎ倒して決勝戦へと進出した三重。その決勝の相手は初出場の堀越(東京)だった。1回戦を除いてすべて先攻を取ってきた三重はこの試合も先攻を取る。そしてその初回。先頭打者の大野知生(中京大)がいきなり初球を打って三塁強襲の内野安打で出塁。これが1アウト一、三塁のチャンスに広がり、そこで先制タイムリーが飛び出した。さらに盗塁、スクイズ、四球と絡めて初回に一挙4得点。試合の主導権を握ったのである。その後も攻撃の手を緩めずにトータル17安打の猛攻で2回と3回に1点ずつ。終盤の8回表には大量6点を加え、決勝戦としては当時の新記録となる得点差の12‐0で大勝し、三重県に初めて紫紺の大優勝旗を持ち帰ったのであった。

その栄光から今年で約半世紀が経つ。今年のチームは果たして三重県に2度目の優勝をもたらすことが出来るのだろうか。

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