天皇沖縄訪問 命とうとし平和を願う

天皇、皇后両陛下が二十七日から沖縄県を訪問される。太平洋戦争では地上戦が繰り広げられ、戦後も米軍の施政下に置かれた。在位中では最後の訪問となりうるだけに陛下の強いお心が伝わる。

 両陛下には「忘れてはならない四つの日」がある。終戦の日、広島と長崎の原爆被災日、そして六月二十三日の沖縄慰霊の日である。その日は沖縄戦で組織的戦闘が終結したとされ、陛下は毎年欠かさず、黙とうしているという。

 それほど沖縄には格別な思いがある。昭和天皇も生前、「沖縄県に行くことはできないか」と漏らすほどだったがかなわなかった。それも重い事実としてある。

 陛下の沖縄訪問が実現したのは、皇太子時代の一九七五年のことだ。だが、慰霊碑の「ひめゆりの塔」の前で、活動家に火炎瓶を投げ付けられる事件も起きた。即位後の九三年には歴代天皇として初めて沖縄県を訪れ、「ひめゆり平和祈念資料館」で、ひめゆり学徒隊の話をお聞きになった。

 近年では二〇一四年にご訪問され、学童疎開船「対馬丸」の犠牲者を慰霊した。太平洋戦争中に米軍の魚雷攻撃を受けて沈められた船である。戦争の影が消えぬ地であり、陛下もそれを忘れぬ思いが強い。そう感じられる。

 今回の沖縄訪問は、戦後七十年を迎えるに当たって訪れた一四年六月以来で、皇太子夫妻時代も含め十一回目となる。

 初日は糸満市の国立沖縄戦没者墓苑で、沖縄戦で亡くなった犠牲者を慰霊するほか、二日目は与那国島を訪ね、日本最西端の碑や日本在来馬の一種「与那国馬」などを視察する。

 これは退位の意向をにじませた一六年のビデオメッセージで島々への旅を「天皇の象徴的行為として、大切なものと感じて来ました」と語ったことにも通じる。過去には伊江島や宮古島、石垣島、久米島を訪問している。

 <みそとせの歴史流れたり摩文仁の坂平らけき世に思ふ命たふとし>

 皇太子時代の七六年の歌会始で詠まれた歌である。むろん、その前年に沖縄の摩文仁を訪れたことを踏まえている。住民を巻き込んだ大激戦地である。県民の四分の一が犠牲になったという。

 来年の四月末で退位する。その陛下が大事にされる公的行為として、沖縄の地を踏む意味は一貫し、慰霊と平和を願うお気持ちに他ならないであろう。

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