上原投手、「反骨心」雑草魂で投げ続けた21年

 オリオールズ時代の上原投手

 

「原動力は負けたくないという気持ち、反骨心」。20日、日米通算21年に渡る現役生活にピリオドを打つことを表明したプロ野球巨人の上原浩治投手(44)。高校では控え投手で、大学受験に失敗し、浪人生活も経験した。エリートとはほど遠い道を歩みながら、数々の栄光を手にした21年だった。「雑草魂」を胸に日米で活躍した右腕に、惜しみないねぎらいの言葉が送られた。(

 「これまで自分に関わってくれた方々に感謝したい」。20日午後に都内で開かれた記者会見で、こう切り出すと、あふれ出す涙を抑えられなかった。

 小学生の時に父親が監督を務める地元・大阪府寝屋川市の少年野球チームで野球を始めた。兄の北川隆明さん(45)と団地の広場や近所の公園で日が暮れるまでボールを追いかけた。隆明さんは「そんなにうまいわけじゃなかったけれど、勝つまでやめようとしなかった。負けん気は人一倍強かった」と話す。

 日米通算134勝を挙げるなど輝かしいキャリアを残してきた。しかし、そこに至るまでの野球人生は決して順風満帆ではなかった。東海大仰星高時代は、日本ハムで活躍し、メジャーリーグでもチームメートになった建山義紀さん(43)がエース。体育教師を目指して大学受験したが失敗し、アルバイトをしながら1年間の浪人生活を送った。

 大学野球で活躍する同級生を尻目に、午前9時から午後6時まで勉強漬けの毎日。予備校の授業後はスポーツジムに通い、工事現場や引っ越しなどのアルバイトもした。KEC近畿予備校枚方本校(大阪府枚方市)で所長を務めていた前田治さん(64)は「大好きな野球を我慢し、ボールには触らないようにしていた。授業は無遅刻、無欠席。本当に真面目に取り組んでいた」と明かす。

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